Ar 65
アラド Ar 64のエンジンをさらに強力なものに換装したほか、若干の改良が加えられた機体で、1931年に初飛行した。1935年のドイツ再軍備宣言時にはドイツ空軍の主力戦闘機の一角を占めていたが、さらに近代的なハインケルHe51などの配備により、急速に第一線を退いた。その後は第二次世界大戦初期まで練習機として使われ、一部の機体はブルガリア空軍に供与された。(ウィキペディアより)
Ar 68
アラド Ar 65の後継機といえる機体で、1934年に初飛行し1936年より部隊配備された。しかし程なくメッサーシュミットBf109が配備されたため、生産数は削減され前線にあった機体は後方任務に回されることとなった。(ウィキペディアより)
Ar 80
1933年にドイツ航空省が提示した 、ハインケルHe 51の後継戦闘機の仕様書に従って開発された機体で、単発・単葉ながら主脚は固定式だった。1935年から同じ仕様に応募したBf 109、He 112、Fw 159と比較審査されたが、4種の中で唯一の固定脚だった上、機体重量過多でエンジンの馬力不足気味だったため、早々と不採用となった。(ウィキペディアより)
Ar 240
アラド Ar 240 は第二次世界大戦時にドイツで試作された、双発プロペラの戦闘機/偵察機である。Bf 110の後継機として開発されたが、飛行安定性が極端に悪いことが原因で量産されることなく終わった。試作機の一部は実戦テストも兼ねて、偵察機として部隊で運用された。(ウィキペディアより)
Ar 197
アラド Ar 197は、第二次世界大戦にドイツのアラド社で未完の航空母艦 グラーフ・ツェッペリンでの運用を目して設計、製造された単発、複葉の戦闘機である。僅か数機の試作機が完成しただけで、メッサーシュミット Bf109TやMe 155のために計画は破棄された。(ウィキペディアより)
Ba 349 ナッター
バッヘム Ba 349は、第二次世界大戦末期にドイツで試作されたロケット迎撃機である。「BP20」とも称する。愛称は「ナッター」(ナミヘビ科のヘビの意)。(ウィキペディアより)
BV 155
ブローム・ウント・フォス BV 155 は第二次世界大戦時にドイツで試作された高高度戦闘機である。当初、本機は1942年からメッサーシュミットにおいて艦上戦闘機・Me155として開発された。(ウィキペディアより)
BV 40
ブローム・ウント・フォス BV 40は、ナチス・ドイツの戦闘滑空機。ドイツが空襲を受けていた当時、この機は連合国軍の爆撃機編隊を攻撃するために設計された。 (ウィキペディアより)
Do 215
ドルニエ Do 215は、ドイツのドルニエ社で元来は輸出用に生産された軽爆撃機/偵察機後に夜間戦闘機になった航空機である。しかし2機を除いた全機がドイツ空軍に就役した。(ウィキペディアより)
Fw 159
フォッケウルフ Fw 159は、第二次世界大戦前にドイツの航空機メーカー フォッケウルフ社によって試作された戦闘機である。ハインケルHe 51の後継戦闘機の仕様書に従って開発された機体で、全金属製の単発・単葉機で主翼はパラソル式高翼配置、主脚は胴体内後方引込み式になっていた。(ウィキペディアより)
Me 163 コメート
メッサーシュミット Me 163 コメートは、第二次世界大戦時にドイツ空軍が開発した航空機史上唯一の実用ロケット推進戦闘機。「コメート」とはドイツ語で彗星の意。Me163 の資料が Me262 の資料とともに日独間の連絡潜水艦便で日本に送られ、これを基に局地戦闘機 秋水(J8M)が開発された。(ウィキペディアより)
Me 328
メッサーシュミット Me 328は、第二次世界大戦中にメッサーシュミットによってドイツ空軍向けに開発された試作戦闘機・爆撃機であり、パルスジェットエンジンを採用していた。(ウィキペディアより)
Me 410
メッサーシュミット・Me 410ホルニッセは第二次世界大戦中にドイツ空軍が使用した航空機である。本機はドイツの重戦闘機であり、また高速爆撃機もつとめた。本機は基本的にMe 210を直接改修したとはいえ、悪評と瑕疵のある前作との係累を嫌い、Me 410と呼称された。(ウィキペディアより)
He 280
ハインケル He280は第二次世界大戦時、ドイツのハインケル社が開発したジェット戦闘機。(ウィキペディアより)
He 100
ハインケル He 100は、ドイツのハインケル社が1938年に初飛行させた、高速の単発単座レシプロ戦闘機。世界速度記録樹立時He 112U, He 113 という名称でプロパガンダとして公式発表したケースもあった。計19機が試作されたが、制式採用されずに終わった。大日本帝国海軍が本機を購入したことでも知られる。(ウィキペディアより)
He 112
ハインケル He112は第二次世界大戦前にドイツのハインケル社で開発された単発のレシプロ戦闘機である。ハインケル社独特の楕円翼を持ち、逆ガルタイプの全金属製機で当時としては近代的な機体だったが、メッサーシュミットBf109との比較審査に敗れドイツ空軍での制式採用はならなかった。その後密閉式コックピットを持つ増加試作型が輸出用として少数生産され、日本海軍でも12機購入し九六式艦上戦闘機との比較審査を行っている。(ウィキペディアより)
He 162 フォルクスイェーガー
ハインケル He 162(Heinkel He 162)は第二次世界大戦末期にナチス・ドイツのハインケル社で開発・製造された単発単座ジェット戦闘機。同機は開発計画の中では「ザラマンダー(火トカゲ)」のコードネームで呼ばれ、さらにハインケルからは「シュパッツ(スズメ)」とも呼ばれた。(ウィキペディアより)
He 219 ウーフー
ハインケル He 219 ウーフーは第二次世界大戦中期に登場したハインケル社製のドイツの夜間戦闘機である。ドイツ空軍において最初に射出座席を装備した機体。洗練された設計で、当時のドイツ空軍機の中ではかなり速かった。同時期に運用されたイギリス空軍のDH.98モスキート夜間戦闘機・爆撃機の後期型には低高度では速度で劣ったが、高度12,000mにおいては勝っていた。(ウィキペディアより)
He 51
ハインケル He 51は戦間期におけるドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)の複葉単座戦闘機である。ナチス・ドイツによる再軍備後の新生ドイツ空軍の最初の主力戦闘機となった。(ウィキペディアより)
Fw 187
Fw 187 ファルケ(鷹)は、第二次世界大戦直前にドイツの航空機メーカー フォッケウルフ社によって試作された双発戦闘機である。当時制式採用されていたBf 109B/CやBf 110よりも優れた速度性能を示したが、ドイツ航空省の方針で不採用となった。(ウィキペディアより)
Fw 190
フォッケウルフ Fw 190 ヴュルガー(Focke-Wulf Fw 190 Würger)は、第二次世界大戦時のドイツ空軍の戦闘機である。この機体はメッサーシュミット社のBf 109戦闘機とともにドイツ航空戦力の主力を担った。愛称の「ヴュルガー」は百舌(鳥)の意。(ウィキペディアより)
Ta 152
フォッケウルフ Ta 152は、第二次世界大戦末期にドイツの航空機メーカー・フォッケ・ヴルフによって製造された高高度戦闘機。主任設計者のクルト・タンクの名から「Ta」とつけられた。(ウィキペディアより)
Ta 154
フォッケウルフ Ta 154は第二次世界大戦中にドイツで開発された双発プロペラの夜間戦闘機。英国機モスキートに強く影響を受け、機体を構成する素材の約50%が木製である。夜戦での有効性が確認された斜銃(シュレーゲムジーク)を胴体に装備し、連合国爆撃機を防備の薄い斜め後ろ下方から攻撃し撃墜することを狙っていた。(ウィキペディアより)
Bf 109
メッサーシュミット Bf 109は、第二次世界大戦におけるナチスドイツ空軍の主力戦闘機。世界で初めて一撃離脱戦法を前提に開発されたとされ、機体重量に比し小さく薄い主翼を持ち、モーターカノンや主脚のエンジンマウントなど、特徴のある設計となっている。本機の生産数は30000機を超え、歴史上もっとも生産された戦闘機である。(ウィキペディアより)
Me 209
メッサーシュミット Me 209 は第二次世界大戦時にドイツで試作された、単発プロペラの高速記録機/戦闘機である。高速記録機とそれを戦闘機化したV1からV4までのMe209と、Bf109の後継機として全く異なった設計で開発されたV5からV7までのMe209 II が試作された。(ウィキペディアより)
Me 309
メッサーシュミット Me 309は第二次世界大戦時にドイツで試作された単発単座レシプロ戦闘機。Bf109の後継機として1940年に試作指示が出され、1942年7月に初飛行した。当時の単発戦闘機としては珍しく意欲的な前輪式降着装置を持ち、胴体に引き込み式の冷却器を備えた洗練されたスタイルであった。(ウィキペディアより)
Me 210/410
メッサーシュミット Me 210は、第二次世界大戦前にドイツで開発された双発プロペラの重戦闘機であり、Me 410は、その改良型である。(ウィキペディアより)
Me 262
メッサーシュミット Me262は第二次世界大戦末期のドイツ空軍、ジェット戦闘機、爆撃機。愛称は「シュヴァルベ(ツバメ)」。世界初の実戦配備および実戦を行ったジェット機である。(ウィキペディアより)
Bf 110
メッサーシュミット Bf110は第二次世界大戦前にドイツで開発され、大戦で活躍した双発レシプロ重戦闘機または多用途機。ドイツ空軍では当初「駆逐機」と称されており、「駆逐航空隊」に配備されていた。(ウィキペディアより)
Me 263
メッサーシュミット Me 263は、ドイツの第二次世界大戦末期のロケット戦闘機である。 “ロケット戦闘機”として著名なMe 163コメートの改良型である。橇式だった降着装置は前車輪式の油圧引込脚が装備され、胴体も真円断面構造に変更されている。(ウィキペディアより)
P.13a
リピッシュ P.13aは、1944年後半、ナチス・ドイツのためにアレクサンダー・リピッシュ博士が設計した、ラムジェット駆動のデルタウィング迎撃機である。本機は設計段階を出て実機の製作に入ることは決してなかったものの、DVL高速風洞で風洞模型が試験され、この設計にはマッハ2.6の領域でも非凡な安定性のあることが示された。 (ウィキペディアより)
